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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8018号 判決 1998年7月29日

甲事件原告、乙事件被告

甲野花子(以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

岡本太郎

甲事件被告、乙事件原告

山本香料株式会社(以下「被告会社」という。)

右代表者代表取締役

乙山太郎

甲事件被告

丙山二郎(以下「被告丙」という。)

甲事件被告

丁山三郎(以下「被告丁」という。)

右三名訴訟代理人弁護士

佐藤幸司

主文

一  被告会社は、原告に対し、四一万四〇〇〇円の支払をせよ。

二  原告は、被告会社に対し、別紙物件目録<略>記載の建物を明け渡し、平成七年八月一日以降右明渡済みまで一か月八万九三五〇円の割合による金員の支払をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲乙事件を通じ、原告に生じた費用の一〇分の一を被告会社の、被告会社に生じた費用の一〇分の九、被告丙及び被告丁に生じた費用の全部を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件

(一) 原告と被告会社との間において、原告が被告会社の従業員たる地位を有することを確認する。

(二) 被告会社は、原告に対し、四一万四〇〇〇円及び平成七年八月以降毎月二〇日限り三八万円(ただし六月及び一二月は九五万円)の支払をせよ。

(三) 被告らは、原告に対し、各自三〇〇万円及びこれに対する平成七年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(四) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(五) (二)、(三)項につき仮執行宣言

2  乙事件

(一) 主文第二項同旨

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) (一)項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  甲事件

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  乙事件

(一) 被告会社の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二当事者の主張

一  甲事件請求原因

1  雇用契約

被告会社は、香料の製造販売、化粧品、石鹸原料の販売等を主たる目的とする株式会社である。

原告は、平成六年一一月二八日、期間の定めなく、調香師として被告会社に雇用された。

2  賃金

原告の被告会社における賃金は、毎月二〇日払、月額三八万円、上期賞与・下期賞与それぞれ五七万円(一・五か月分)、年額五七〇万円(一五か月分)であった。

3  訴えの利益

しかるに、被告会社は、原告を解雇したとして、原告が被告会社の従業員たる地位を有することを否認している。

4  不法行為

(一) 被告丙、被告丁は、いずれも被告会社の従業員である。原告の入社時点では、被告丙は調香部部長、被告丁は経理課長の地位にあり、被告丙は原告の直属の上司であった。

(二) 被告丙、被告丁は、以下に詳述するとおり、自己の職務上の地位を利用して、言葉巧みに原告に近づき、原告が独身で被告会社の近隣で一人暮らしをしていることを奇貨として、執拗に交際を迫り、これを原告に拒絶されるや原告に仕事上で様々な嫌がらせを行ったため、原告は事実上職場を追われる結果となり、調香師としての将来を踏みにじられた。

(1) 被告丙は、原告の入社した直後から、平日、休日を問わず、原告に対し、喫茶、食事、買物等にかこつけたデート行為を度々強要し、また、原告が、被告丙に対し、平素の勤務時間中に、まじめに調香に関して話しかけても、それを無視して、低劣で卑わいな言葉で原告を口説こうとしたり、女性蔑視の発言を繰り返したりした。被告丙は、平成六年末には、深夜から明け方にかけて原告を飲酒等に連れ回した挙げ句、酔った原告に性関係を強要しようとしたこともあった。

(2) 右のような被告丙の理不尽な振る舞いのため、平成七年一月末日、原告は被告丙と諍いを起こしたが、これを見て、被告丙と親交のあった被告丁は、平成七年二月三日、原告を電話で呼びだし、食事の同席を強要したうえ、「被告丙とのことは自分がうまく取り計らうので、自分の言うとおりにしろ。」と、暗に交際を迫った。

被告丁は、その後も原告に対し、度々「部屋に泊まらせろ。」「一人では寂しいだろ。」などと繰り返し言い寄って職場環境を悪化させたのみならず、平成七年四月には、原告を被告会社の一室に監禁した。

(3) 原告は、被告丙、被告丁の行為に思い余って被告会社代表者の乙山太郎に相談したところ、乙山太郎は原告に同情し、原告に担当させる予定であった被告会社東京研究室の開設準備を急がせることとして、原告にそのための権限を大幅に与えることを約した。しかし、もともと東京研究室の開設を快く思っていなかった被告丙、被告丁は、乙山太郎の指示に従い東京研究室の準備を進めようとする原告に対し、レイアウトや什器備品等の購入その他について、乙山太郎の指示と異なる指示を出す等して嫌がらせをし、取締役会では他の役員も巻込んで、原告の右準備行為を、越権行為として非難した。

(三) 原告は、(二)の各行為によって甚大な精神的苦痛を負った。これを慰謝するには三〇〇万円が相当である。

5  結論

よって、原告は、被告会社に対し、雇用契約に基づき、原告が被告会社の従業員たる地位を有することの確認と、平成七年上期賞与金五七万円のうち未払分四一万四〇〇〇円、及び平成七年八月分以降毎月二〇日限り月額三八万円の賃金の支払を求め、被告丙、被告丁については民法七〇九条、被告会社については同法七一五条に基づき、被告ら各自に対し、三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

二  甲事件請求原因に対する認否

1  甲事件請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告の賃金が年額五七〇万円であり、うち四五六万円を月額三八万円に分割して毎月二〇日限り支払い、残額は賞与として支払う約定であったことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、賃金について、年俸制を希望したので、原告と被告会社は、原告の賃金月額を三八万円、年額五七〇万円(一五か月分)とし、三か月分は、賞与相当分として合意したが、上期賞与及び下期賞与の各支払額までは具体的に合意しなかった。したがって、もし、原告が下期の賞与支給時まで被告会社に在籍していたとすれば、そのときに残額を精算すれば足りたものである。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)  同4(二)のうち、原告が独身で被告会社の近隣に単身居住していたことは認め、その余の事実は否認する。

乙山太郎は、東京研究室の開設準備作業が遅延していたことから、とにかく、原告に対し、自分で一番使いやすいと思う青写真を描いて開設準備を促進するように促したことがあったが、原告は、これにより、東京研究室開設準備の全権限が与えられたものと誤信し、上司や他の部署との連絡や相談ないし協議など社会人として当然行うべきことをせず、独断で事を進めようとした結果、被告会社内で、孤立することになった。

(三)  同4(三)は争う。

三  甲事件抗弁

解雇(請求原因1ないし3に対し)

1  解雇事由

(一) 原告は、被告会社に就職して間もないころより、被告丙に対し、相談があると称しては、調香や社内での人間関係への不安を延々と訴えかけ、ときには他の従業員の中傷、愚痴を止めどなく話し続けたので、被告丙の業務に影響を及ぼしていた。

被告丙は、平成七年一月三一日も終業時刻を過ぎて、原告から相談を持ちかけられ、研究所ではこれに応じていたが、原告の話は、途中から愚痴へと変わり、泣き出したりしたので、被告丙は早く帰った方が無難と考えて切り上げ、本社へ行き、残業をしていた被告丁にも早く帰るよう促すなどしていたところ、原告もまた本社に来て、一人で酒を飲み始め、被告丙に対し、「この人は偽善者だ。」と怒鳴りながら、酒の入った湯呑みを投げつけ、さらに「お前なんかにガタガタ言われたくない。」などさんざん罵倒した。

(二) 原告は、平成七年二月二日早朝、出社した乙山太郎に、突然、「丙さんが怖い。」と訴え、乙山太郎は、原告を社長室に連れて行き、ソファーに座らせ話を聞こうとしたが、原告は、理由も説明せず、「丙さんが怖い。」「丙さんに心をかき乱された。」と繰り返すばかりで、乙山太郎は、原告への対応のため、当日予定していた営業計画検討会議に出席できなかった。

(三) 被告会社東京事務所は、研究室開設のため、平成七年二月末、新事務所に移転したが、被告会社従業員(東京事務所)K(以下「K」という。)が、三月一日、新事務所内の机の配置等について検討を依頼する旨を図面とともに、原告宛にファックスで送信したところ、原告は、右ファックスを受けとるや、これを机に叩きつけ、わめき出し、Kに電話をかけて、「YとKが大きな机を入れるから原告の机が入らない。」と大声で自らの主張を言い張り、Kの言い分も聞かずに電話をたたきつけて切った。

(四) 原告は、平成七年三月二日朝、被告丙に対し、悩み事を書いて、折り畳んだレポート用紙を手渡し、そのまま帰宅した。被告丙が、部下に電話をさせ、原告のマンションへ行かせたりしたが、原告は部屋にいるのに応答をしなかった。

(五) 被告丙は、平成七年三月末ないし四月初旬ころ、昼休みに、被告会社研究所内で椅子に座って新聞を読みながら居眠りをしていたところ、原告は、被告丙の後ろから、顔を近付けたり、体に触ったりした。被告丙は、これに気付き、原告を叱責した。

(六) 原告には、日時の特定はできないが、次のとおり、種々の不当な言動があった。

(1) 原告は、東京事務所の事務室と研究室の間仕切りについて、被告丙の出した妥協案に一旦は同意したが、後になって覆した。

(2) 原告は、東京研究室内の什器備品の購入は、必要最小限のもののみに限定しようとの被告丙の提案に一旦は同意したが、後にこれを覆した。

(3) 原告は、他の従業員とトラブルになったとき、相手と話し合って解決しようとせず、乙山太郎の携帯電話に直接電話をかけて、事細かに自己の言い分を述べて、自己の主張を通そうとした。

(4) 原告は、東京研究室開設準備の打合せ中、被告丙に対し、「研究室が完成すれば、原告は社長に捨てられる。原告を操り人形のようにしか思っていない。もし、東京に行ったら都合の良いアシスタントみたいに使おうとしている。丙さんと原告を一緒においておきたくないから引き離そうとしている。社長は、本当は冷たい人だ。原告は潰される。」などと乙山太郎を非難する発言をした。

(5) 原告は、資材担当者に依頼していた香料原料の入荷が遅れたことがあった際、被告丙に対し、「調香師が欲しがっているものをろくに手に入れられないなんて、資材の役目を果たしていない。香料のこともろくに知らないくせに、ゴチャゴチャ言われたくない。あんな資材だったら原告でもできる。最低な資材だ。」と発言した。

(6) 原告は、得意先から要請された調合香料につき、勤続年数二〇年近くになる営業部長から営業評価を受けた後、被告丙に対し、「あの人香料のこと分かっているんですか。馬鹿じゃないの。話をしても訳のわからないこと言うし、あの人よっぽど頭が悪いと思う。」と発言した。

(七) 原告は、被告丁から、平成七年三月末ころ、平成七年四月四日開催予定の合同連絡会に提出する東京研究室の概算予算算定のため、原告が担当する什器等の費用を(ママ)問い合わせを受けたが、まだまとめていなかっただけでなく、被告丁に対し、「なぜそこまで口出しするのか。」と反抗した。原告が、資料を提出したのは、合同連絡会前日の平成七年四月三日であった。

(八) 原告は、乙山太郎から、平成七年四月一二日の東京研究室開設のための取締役会に先立ち、予め、東京研究室の最終見取図の作成を指示されていたが、右当日になって、間取等に関して自分では結論を出せないと言い出し、ほとんど白紙の図面しか提出しなかった。このため、右当日の取締役会は、その後の予定等を確認したにとどまった。

(九) 被告丁は、予算編成の必要から、原告とともに、東京研究室に設置する香料棚の見積りを業者に依頼したり、原告とともに業者から説明を受けたりしていたのであるが、原告は、平成七年四月一七日ころ、被告丁から、原告が依頼していた東京の業者のことを尋ねられた際、「丁さんに口だしされたくない。」などと発言して怒りだした。

(一〇) 被告丁は、平成七年四月一八日ころ、東京出張中の被告丙からファックスで送信されていた東京研究室のパーティションのドア位置についての確認のため、原告を本社食堂に呼びファックスを手渡して取り次いだところ、原告は怒鳴りだした。このため、被告丁は、他の従業員の手前もあり、原告を電話のある奥の部屋に連れていき、直接乙山太郎に話をするという原告に対し、疑問があるのであれば、先に被告丙に電話で確認してからでも、遅くはないなどと言って説得したが、原告はこれを聞き入れず、社長室に駆け込んだ。原告は、社長室から電話で被告丙を呼び出して挑発的に口論していたが、「この声を社長に聞いてもらうんだ。」と言って、突如、受話器を乙山太郎に渡し、被告丙が「早くどっちかに決めろ。」と怒鳴っている声を聞かせたうえ、乙山太郎から受話器を奪い取って、被告丙に対し、「社長に聞いてもらいましたからね。」と怒鳴り返した。

(一一) Kが、平成七年四月二八日、東京出張中の原告に対し、調香に必要なサンプルを、一つ一つ棚に乗せていく作業をやるのも大変だと話した途端、原告は、その様な雑用は調香師たる自分のやるべきことでないと発言し、Kらが、多忙時の相互協力の必要性等を説明しても、原告は、これに納得しようとせず、最後に、表情を一変して、私は契約社員ですと絶叫し、泣き出した。

(一二) 被告会社においては、物品を購入する場合、事前に物品の受け入れ先及び経理担当者に連絡した後に発注することとなっていた。しかるに、被告丁は、平成七年六月一三日、東京事務所から、原告が注文した香料のサンプル瓶の支払等について電話で問い合わせを受け、右の件については、何も知らされていなかったことから、原告を呼んで右注文の有無などを確かめたところ、原告は、「今からします、いちいち丁さんに言われることはありません。」と怒鳴りだし、これを見て、態度、言い方を注意した被告丙に向かって、「上司らしいことを何もしてくれず、上司面するな。」と怒鳴りちらした。

2  就業規則該当性

(一) 就業規則

被告会社の就業規則には次のとおり規定されている。

第四条 従業員は本規則の外、上司の指示回達通知等遵守し職場の秩序維持に協力し特に左の事項に留意する事

一、同僚互に協力し上長を敬い命令を重んじ、常に正直にして不平不満の態度をしたり他人を煽動するが如き言動は厳に謹むべき事

一、時間を尊重し常に明朗なる態度で職務に精励する事

一、職場内では、常に静粛を旨とし放歌高唱したり、就業中に飲食してはいけない

一、公徳を重んじ不潔なる事や共同使用物件等を汚損せざる様努め、従業員相互間の人格を尊重すると共に、民主的にその職責を遂行せねばならぬ

第三四条 従業員が左の各号に該当する時は三〇日前に予告するか、又は三〇日分の平均賃金を支給して解雇する

一、已むを得ぬ業務の都合に依る時

二、勤労能力、又は意志なしと認めた時

三、その他前名(ママ)号に準じ已むを得ぬ事由の有る時

第六一条 従業員が左の各号に該当した時は、懲戒処分する

一、正当な理由なしに無断欠勤した時

(中略)

七、他人に対し暴行脅迫を加え、又業務を妨げたる時

八、上司の指示、命令に反抗した時

(後略)

第六二条 懲戒処分はその程度により、譴責、減給、資格剥奪、解雇に分ける

譴責は訓戒の上始末書を提出させる

減給は、譴責の上、一回の額が平均賃金の半日分以内、その総額はその月の給料支払額の十分の一以内を減額する

資格剥奪は、譴責の上、その役を剥奪又は引下げ減給する

懲戒解雇は、予告なしで即日解雇する

前項を適用した時、社に与えた損害は速に之を弁済し、退職手当は此の場合、減額又は全額支給されない

(二) 就業規則該当性

(1)  前記1(一)記載の事実は、就業規則第四条第一号、第四号後段に違反し、かつ第六一条第七号、第八号の懲戒事由に該当する。

(2)  前記1(二)記載の事実は、就業規則第四条第一号、第二号に違反する行為である。

(3)  前記1(三)(六)(七)及び(一二)記載の各事実は、就業規則第四条第一号、第四号後段に違反する行為である。

(4)  前記1(四)記載の事実は、就業規則第四条第一号に違反し、かつ第六一条第一号の懲戒事由に該当する行為である。

(5)  前記1(五)記載の事実は、就業規則第四条本文前段に違反する行為である。

(6)  前記1(八)記載の事実は、就業規則第四条本文に違反する行為である。

(7)  前記1(九)記載の事実は、就業規則第四条第一号、第二号、第四号後段に違反する行為である。

(8)  前記1(一〇)記載の事実は、就業規則第四条第一号に違反し、かつ第六一条第八号の懲戒事由に該当する。

(9)  前記1(一一)記載の事実は、就業規則第四条第一号に違反する行為である。

3 解雇の意思表示

(一)(ママ) 被告会社では、原告の前記1記載の就業規則違反行為、あるいは懲戒処分該当事由から、原告を解雇せざるを得ないと判断したものであり、原告を懲戒解雇することも考慮されたが、原告の将来を考慮し、就業規則第三四条第一号及び第三号に基づく普通解雇とすることとし、平成七年六月二六日、原告に対し解雇を通知し、同日、予告手当として賃金一か月分相当額の三八万円を、原告の預金口座に振り込んで支払った。

四  甲事件抗弁に対する認否

1(一)  甲事件抗弁1(一)のうち、原告が、平成七年一月三一日、被告丙に対し、抵抗の言動をしたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、被告会社に入社以来約二か月間、被告丙から甲事件請求原因4(二)(1)記載のとおりの不法行為を度々受けたので、これに対する精一杯の反撃として、右行動に出たもので、その際、湯呑みの酒を被告丙にかけたが、湯呑みを投げつけたことはない。

(二)  同1(二)の事実は否認する。

(三)  同1(三)のうち、原告が、平成七年三月一日、Kから東京研究室の配置についてのファックスを受けとったこと、原告が、Kに対し、右ファックスについて電話で抗議したことは認め、その余の事実は否認する。

原告が、Kに抗議をしたのは、既に乙山太郎やKは、原告の机を東京研究室内の事務室側に設置することを承認していたのに、右ファックスでは、原告の机が排除されていたからである。

(四)  同1(四)ないし(八)の事実は否認する。

(五)  同1(九)のうち、原告が怒りだしたとの点は否認し、その余の事実はおおむね認める。

(六)  同1(一〇)のうち、原告が、平成七年四月一八日ころ、被告丙から東京研究室のパーティションの配置についてのファックスを受けとったこと、原告が、乙山太郎に対し、右ファックスについて確認を求めたとの点は認め、その余の事実は否認する。

原告が、乙山太郎に右ファックスの内容について確認を求めたのは、既に乙山太郎らと協議のうえ決定していたパーティションの位置が、被告丙によって、勝手に移動されていたからである。むしろ、被告丁は、原告が、乙山太郎に対し、右のとおり確認を求めることを実力で阻止するため、甲事件請求原因1(二)(2)記載のとおり、原告を被告会社の一室に監禁したのである。

(七)  同1(一一)の事実は不知ないし否認する。

(八)  同1(一二)のうち、原告が、被告丙、被告丁に対し、抗議をしたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、物品購入については、既に乙山太郎に承認を得て、被告丁にも事前に報告していたにもかかわらず、被告丙、被告丁が、原告に言いがかりをつけたというのが真相である。

2(一)  同2(一)の事実は不知。

(二)  同2(二)は争う。

3  同3のうち、被告山本香料が、平成七年六月二六日、原告を解雇する旨通知し、三八万円を原告口座に振込送金したことは認め、その余の事実は否認する。原告を解雇すべき事由は存在しない。

五  甲事件再抗弁

被告会社が主張する原告の解雇事由は、いずれもそれ自体としては些細な事柄であり、その事実があったとしても、これをもって解雇を正当とするものではない。

したがって、被告会社が右事実を原因として原告を解雇するのは、解雇権の濫用である。

六  甲事件再抗弁に対する認否

甲事件再抗弁事実は全て争う。

七  乙事件請求原因

1  被告会社は、平成六年一一月二八日、東京研究室を担当させる調香師として原告を採用したが、同研究室開設まで、原告が大阪市内の研究所において調香の研修をし、東京研究室開設準備作業に従事する間の住居として、平成六月一二月二五日、越井林産株式会社から、別紙物件目録<略>記載の家屋(以下「本件マンション」という。)を賃料一か月八万二〇〇〇円、管理費一か月七三五〇円との約定で賃借し、これを原告に引き渡して無償で使用させた。

2  被告会社は、原告に対し、平成七年六月二六日、同日付けで原告を解雇する旨の意思表示をし、平成七年七月末日をもって本件マンションを明け渡すように求めた。

3  よって、被告会社は、原告に対し、使用貸借契約の終了に基づき、本件マンションを明け渡し、平成七年八月一日以降明渡済みまで一か月八万九三五〇円の割合の遅延損害金の支払を求める。

八  乙事件請求原因に対する認否

1  乙事件請求原因1のうち、原告が、平成六年一一月二八日、被告会社に調香師として採用されたこと、被告会社の東京研究室が平成七年一月末を目処に開設されるまで、原告が大阪市内において調香の研修をし、東京研究室の開設準備作業に従事するため、被告会社から本件マンションを与えられたこと、原告がその賃料を支払っていないことは認め、これが無償であることは否認し、その余の事実は不知。

原告は、被告会社に採用前の平成六年一〇月から、賃料月額八万三〇〇〇円、共益費一万五〇〇〇円で、東京都目黒区内にマンションを賃借していた。原告は、被告会社の採用に際して、大阪での研修期間は三か月であること、頻繁に予定されている東京出張と三か月後の東京への異動のため、原告の負担で右東京のマンションを引き続き確保しておくように指示され、原告はこれを了承した。つまり、原告と被告会社は、原告が東京のマンションの賃料を負担することと引き換えに、本件マンションの賃料等を全て被告会社が負担する旨の合意をした。

したがって、本件マンションの使用は、実質的には無償ではないので、これを使用貸借ということはできない。

2  同2のうち、原告が被告会社から解雇されたこと、原告が平成七年七月末日をもって本件マンションを明け渡すように求められたことは認め、右解雇の有効性は争う。

右解雇は不当解雇であるから無効であり、原告はいまだ被告会社の従業員たる地位を有するものである。

第三証拠

証拠関係は、甲事件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

第一甲事件について

一  雇用契約

1  甲事件請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2のうち、原告の賃金が年額五七〇万円であり、うち四五六万円を月額三八万円に分割して毎月二〇日限り支払い、残額は賞与として支払う約定であったことは、当事者間に争いがない。右賞与部分については、その支払時期についての合意を認めるに足りる証拠はない。

二  解雇の効力

1  被告会社が、平成七年六月二六日、原告を解雇する旨の意思表示をし、同日、三八万円を原告に対して振込送金したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、以下、被告会社主張の解雇事由の有無について検討する。

(一) まず、平成七年一月三一日の事由については、この日、原告が被告丙にやや攻撃的な言動をするなどの事件のあったことは当事者間に争いがないが、その内容については争いがあるうえ、その原因についても、その言い分は相反するところである。被告丙は、その本人尋問及び陳述書(<証拠略>)において、その原因について、従来から、原告から相談と称してとりとめのない愚痴を聞かされてきたところ、同日も、相談を持ちかけられ、勤務時間終了後、研究所四階の自室で、これに応じたが、原告が、「三〇過ぎても結婚できない女は最低だと言われた。」とか「泣いていたのに、これを知らないで上司の資格があるか。」「原告に冷たい。」などと言って泣きだしたので、早く帰ろうと道を隔てた本社二階の事務室へ行って、被告丁に状況を説明していると、原告がそこへ来て、床に座り込んで足をばたつかせたりし、次いで、一階の食堂へ行って、一人酒を飲み始めて一向に帰る気配がないので、その側にいた被告丁に帰宅を勧めに行ったとき、原告において、「この人は偽善者だ。」とか「お前なんかにガタガタ言われたくない。」などと言って、酒の入った湯呑みを投げつけたというのである。しかし、その述べるところによっても、原告が湯呑みを投げつける動機が薄弱であるし、これに至る経緯についてもこれが真実であるとすれば、原告の行動は正常な者の行動とはいえないほどに幼稚な行動といわなければならないが、原告の本人尋問における供述態度やその陳述書(<証拠略>)の記載を見ても、原告がそのように幼稚で異常な人物とまでは認められない。この点に関する原告の陳述は、被告丙から卑わいなことを言われたり、体を触られるなどいわゆるセクハラを受けていたが、被告丙は、当日も、残業を終えて挨拶に行った原告に、少しばかり仕事の話をした後、「本当は君も俺に抱かれたくてしょうがないいんやろ。」「少しぐらい言うことを聞け。」「いい年をしてもったいぶるな。」「社長に言いつけると調香師になれなくなる。」などと言い、食堂に置(ママ)いても、「フランスの研修かて、体つかったんやろ。」「一部上場の会社から行っても卒業証書がもらえん学校に何で君個人で入れるんや。体しかないよな。俺を紹介した調香師ともあったんやろ。そのくせ俺の言うことは聞けんとはどういうことや。」などと言い、その場に来た被告丁に「この子な、俺に慰めて欲しいらしいんや。」などと言ったので、怒って湯呑みの酒をかけたというのである。原告が湯呑みを投げつけ或いは湯呑みの酒をかけた動機としては、原告の説明の方が説得的ではあるが、原告にしても、被告丙から、その陳述のような卑わいなことを言われたのであれば、早々に帰宅すればよく、本社や食堂までついていく必要はないのであって、右陳述をそのまま信用することはできない。してみれば、被告丙の供述も原告の供述も、これをにわかに採用することはできないというべきであり、原告が被告丙に湯呑みを投げつけたとまでは断定できないし、原告に上司たる被告丙にやや攻撃的な言動をしたことは認められるものの、原因が確定できない以上、これを被告会社の就業規則違反と認めることは困難である。

(二) 次に、原告が、同年二月二日、乙山太郎に、「被告丙が怖い。」「被告丙に心をかき乱された。」と訴えたとの点であるが、原告の否定するところであり、その事実を認めるに足りる証拠はない。ただ、この事実があり、乙山太郎が原告からの事情聴取のため営業計画検討会議に出席しなかったとしても、これは乙山太郎がその意思でしたことであり、これをもって原告が乙山太郎の右出席を妨げたとまではいえない。

(三) 同年三月一日の件については、(証拠略)、被告丁本人尋問の結果によれば、原告は、同日、東京事務所所属のKから開設予定の東京研究室と事務室の配置図の送信を受け、これを見て怒りだし、Kに電話をかけて、激しい言葉で抗議し、Kの弁解も聞かず、電話を一方的に切ったことを認めることができる。原告本人の供述によれば、東京事務所の事務室内に原告用の机を置くことが決まっていたのに、これを削除したことが原因であると言い、確かに、同年二月一七日ころには、原告用の机を事務室内に配置することが概ね決まっていたのに、右配置図には、事務室内に原告用の机の記載がなかったことを認めることができ、また、原告が、事務室内に原告用の机を配置することを、調香師が職務を行ううえで欠くことのできない必要な配慮と考えていたことを認めることができ、さらには、原告が、もともと東京に設置予定の研究所の調香師となる予定で採用された者で、乙山太郎は、研究のための環境については原告の意向に沿うつもりであったこと、事務室に原告の机を配置することは、乙山太郎の了解も得ていたことを認めることができるが、それにしても、原告の右配置図の送信に対する対応は、抗議の態度として程度を超えたものといわなければならない。

(四) 原告が、同月二日無断欠勤したことは、原告本人尋問の結果によって、これを認めることができる。

(五) 原告が居眠りをしている被告丙に顔を近づけたり、触ったりしたとの事実については、被告丙本人は、新聞で顔を隠して居眠りしていたところ、原告が右のような行為をしたと述べるが、寝ていた被告丙が原告の行動を認識できるはずがなく、原告本人尋問の結果によれば、その当時、原告と被告丙が感情的に険悪な状態にあったことが認められ、そうであれば、原告がそのような行動に出るはずもなく、被告丙本人の右供述は採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(六) 被告会社主張の東京研究室開設に関するトラブルについては、(証拠略)、原告、被告丙及び同丁各本人尋問の結果、被告会社代表者乙山太郎の尋問の結果によれば、その間仕切りや備品購入について、被告丙からの案に原告が必ずしも承諾しなかったことを認めることができるものの、他方、原告が全く非妥協的であったとまでいえず、原告にも、専門家たる調香師としての立場からの要求があったわけで、研究に必要な配慮を求めた面もあり、ある程度の非妥協的な対応があったとしても、これを就業規則違反に問擬することはできない。

また、被告は、従業員とのトラブルを、直接、被告会社代表者の乙山太郎に訴えて、自己の主張を通そうとした旨主張するところ、その具体的な特定がなく、これを認めることができない。

そのほか、原告が資材担当者や営業部長に対し、侮辱を含む非難をしたとの主張については、被告丙本人の供述はこれに沿い、原告の言動の傾向として、そのような非難をしたこともあり得ることと認められるが、その発言は、上司たる被告丙に対して述べたにすぎず、公言したり、直接本人に言ってトラブルとなったというものではない。

(七) 被告会社主張の、原告が被告丁からの東京研究室に使用する什器等の費用を問い合わせたときに、「なぜ、そこまで口出しするのか。」と反抗したとの事実については、(証拠略)、被告丁本人尋問の結果より、原告が右のような発言をしたことを認めることができる。

(八) 原告が平成七年四月一二日の取締役会に提出すべき図面をほとんど白紙のままで提出したとの主張事実は、これを認めることができない。

(九) 原告が、同月一七日ころ、被告丁から、香料棚の注文先の業者について聞かれた際、「丁さんに口を出されたくない。」と言って怒りだしたとの事実は、(証拠略)により、これを認めることができる。

(一〇) 平成七年四月一八日の件については、原告、被告丙及び同丁各本人尋問の結果、被告会社代表者乙山太郎の尋問の結果によれば、被告丁は東京出張中の被告丙から東京研究室のパーティションのドアの位置について三つの案を記載した図面の送信を受け、これを原告に渡して、そのうち一つを選ぶように告げたこと、その三案は、いずれも原告が事前に乙山太郎の了解を得た位置と異なっていたうえ、これを前提にすると他の物品についても再配置を必要とすることになったこと、そこで、原告が怒りだしたこと、それでも被告丁は、その三案から選択させようとし、原告を食堂の奥にある倉庫に連れ込んで、原告がこれを乙山太郎に相談することを妨げようとしたこと、しかし、原告は被告丁の隙をみて逃げ出し、社長室に駆け込んだこと、そして、社長室から被告丙に抗議の電話をかけ、被告丙が怒鳴って口論となるや、受話器を乙山太郎に渡して「どっちかに決めろ。」と怒鳴っている被告丙の声を乙山太郎に聞かせたことを認めることができる。

これについては、被告丁や同丙の対応についても、必ずしも適切といえない面はあるが、原告の行動が乙山太郎に直訴する姿勢を含め、適切とはいえないのは明らかである。

(一一) 平成七年四月二八日の原告がサンプルを棚に載せる件は、単にKと原告との会話にすぎず、現実に原告がなすべき作業を拒否したわけでもなく、就業規則違反とはいえない。

(一二) 平成七年六月一三日の件については、被告丁及び同丙各本人尋問の結果によれば、原告は乙山太郎の了解を得たうえで香料のサンプル瓶を発注したが、被告丁がこれを購入することを知らなかったため、その支払請求を受けて、経理担当として、これを原告に問い合わせたこと、その際、原告が、怒って、「一々丁さんに言われることはありません。」と応答し、これを咎めた被告丙に対しても、「上司らしいことを何もしてくれず、上司面するな。」などと怒鳴ったことを認めることができる。

被告丁の問い合わせについては、それが原告を非難し或いは叱責する趣旨を含んでいたとしても、経理担当者の対応としては、当然であるといってよく、原告が、東京研究室開設に対し、非協力な態度をとる同被告らに対して反発する感情を抱いていたことは窺われるが、かといって、原告の対応は、他の課の課長や上司に対する言動としては逸脱しているというべきである。

3  被告会社主張の解雇事由については、以上のとおり認めることができるところ、その認定した個々の事実については、その一つをとって解雇事由とするには、いずれもいささか小さな事実にすぎない。ただ、前項の(三)(七)(九)(一〇)及び(一二)に認定のとおり、原告は、その上司に当たる被告丙や経理担当課長の被告丁に反抗的であり、過激な言辞を発してその指示に素直には従わず、また、Kに対しても、不穏当な言動をしているのであるが、これらを総合すれば、原告には、総じて、上司たる被告丙や被告丁に反抗的で、他の従業員に対しても、ときに感情的な対応をする傾向があったといわなければならない。その原因としては、攻撃的な原告の性格面に加え、原告にはフランスの著名な香料学校の出身であるという自尊心が高く、被告代表者乙山太郎の信頼を得て、東京研究室の重要なポストを与えられることになっていたのに、その開設に、被告丙及び同丁が協力的でないと考えていたことにあるかと思料され、また、平成七年一月三一日の事件以後の感情的なしこりが存在していたことも否めないが、これらを考慮しても、原告の種々の言動は、部下の上司に対する言動としてみれば程度を超えており、被告丁やKに対する言動も職場の秩序を乱すものといわざるを得ない。そうであれば、原告を解雇した被告会社の措置は、その効力を否定することはできず、これを解雇権の濫用とする事由もない。

三  被告丙及び同丁のセクハラ行為

1  原告は、被告丙及び被告丁が、自己の職務上の地位を利用して、言葉巧みに原告に近づき、原告が独身で被告会社の近隣に一人暮らしをしていたことを奇貨として、執拗に交際を迫り、これを原告に拒絶されるや原告に職務遂行に当たって、様々な嫌がらせを行った旨主張し(甲事件請求原因4(二))、原告の陳述書(<証拠略>)や原告本人尋問の結果中には、これに沿う具体的な記述や供述がある。

2  まず、被告丙の行為についてみるに、その陳述書(<証拠略>)には、女性がお茶くみをするのが当然であるとの思考が窺われ、「原告は、セクハラの対象にしてもらえるほどの女と思っていたのでしょうか。」などと記載しているのは、女性蔑視の傾向があるとみることも可能である。そして、(証拠略)、被告丙本人尋問の結果によれば、被告丙は、平成六年一二月二六日及び同月二八日の原告らと飲酒した際には、長時間原告を連れ回して飲酒していること、同月二六日には、他で飲酒後、原告を一旦その住居まで送りながら、その向かいにある被告会社に原告を連れていき、そこで長々と話をしていること、同月二八日には、被告丙が、他で一旦友人などと会った後、マンションの自室で就寝していた原告をわざわざ呼びに行ったもので、その際は、翌午前五時ころまで連れ歩いたことを認めることができる。被告丙本人は、同月二八日には、原告のわがままな態度に腹を立てていたが、友人の了解を得て一緒に飲むこととなり、その後、原告をそのマンションの玄関まで送った後、原告から、手を握られたり、抱きつかれたり、逆セクハラまがいのことをされたと言い、また、解雇事由として主張されている居眠り中に体を触られたなどとも述べるのであるが、右認定のとおり、自ら原告を誘いに行き、長時間連れ歩いているなどとの事実と相容れない部分があり、右逆セクハラなどという部分は、原告から、被告丙が同日ころ性関係を強要しようとしたと言われているのに対抗して、原告を好色な女性に仕立て上げようとして述べている節がないではない。そして、前述の同月三一日の事件についても、その原因としては、被告丙のいわゆるセクハラ行為にあるとした方がよく理解できるのである。そのうえ、同年二月以降の、被告丙の東京研究室開設に対する非協力的態度は、性関係を原告から拒否された腹いせと考える見方も成り立たないわけではない。

しかしながら、原告の被告丙のセクハラ行為についての供述についても、右以上に、これを裏付けるに足りる証拠はないうえ、原告も、同月二八日には、既に被告丙から言い寄られたりしていたというのであれば、深夜から明け方近くまで飲酒等に連れ回されて、唯々諾々とついて行ったことは納得できないところであるし、前記同月三一日の事件についても、研究室の被告丙の部屋において、卑わいなことを言われて、精神的な打撃を受けたといいながら、帰宅もしないで食堂までついて行っているということは、大きな矛盾点である。原告本人の供述、その陳述書(<証拠略>)の記載には、そのほかにも、解雇後の事情などについて明らかに誇張と思われる部分もあり、これを全面的に採用することはできないところであり、被告丙の東京研究室開設に対する非協力的態度も、それだけでは原告主張のセクハラ行為を裏付けるものではなく、そうであれば、いまだ、原告主張のセクハラ行為を認めるに足りる証拠はないといわなければならない。

3  被告丁のセクハラ行為についても、これを裏付けるに足りる証拠はないうえ、原告本人の供述及び陳述書の記載については、前項と同様の理由により、これを採用することはできず、いまだ、これを認めることはできない。

四  平成七年度賞与

賞与の額が年間一一四万円であったことは、当事者間に争いがない。ところで、その支払時期についての合意があったと認めることができないのであるが、その支払時期は、遅くともその年度末には到来するものであるから、これが既に到来していることは明白である。そこで、その支払うべき金額であるが、その報酬が年額として決められ、賞与の計算方法に特段の合意がないことからすると、年度途中で退職した場合には、勤務した日数により按分するのが相当である。してみれば、一一四万円を三六五日で除し、平成六年一一月二八日から平成七年六月二六日までの日数二一〇日を乗じて得た六五万五八九〇円から、原告が受領したことを自認する一五万六〇〇〇円を控除した四九万九八九〇円が未払賞与の額と認められる。

第二乙事件について

一  本件マンション明渡義務

1  (証拠略)によれば、原告は、被告会社から、本件マンションを無償で借受けたこと、本件マンションの賃料が一か月当たり八万二〇〇〇円、管理費が一か月当たり七三五〇円であること、原告が、平成七年六月二六日、被告会社から解雇され、平成七年七月末日をもって本件マンションを明け渡すよう求められたことが認められる。

この点、原告は、被告会社に対して本件マンションの賃料を支払っていなかったことは認めるものの、原告は、被告会社から採用されるに際して、頻繁に予定されている東京出張と三か月後の東京研究室への異動のため、原告の負担で東京都内のマンションを引き続き確保しておくように指示され、原告はこれを了承したので、本件マンションの使用は実質的には無償ではないと主張する。しかし、たとえ原告が被告会社から右のような指示を受けたとしても、これをもって本件マンションの使用と東京都内のマンションの賃料との間に対価的関係があるとまでは認められず、原告の右主張は理由がない。

したがって、原告は、被告会社から、本件マンションを借受けて無償で使用しているというべきである。

2  また、(証拠略)によれば、被告会社は、平成六年一一月二八日に原告を調香師として採用し、東京研究室が平成七年一月末を目処に開設されるまでの間、原告が被告会社の大阪市内の研究室で、調香の研修をし、東京研究室の開設準備作業に従事するための住居として、本件マンションを原告に無償で使用させたのであるから、被告会社と原告は、右使用貸借契約締結に当たって、期間を原告が被告会社の従業員として調香の研修をし、東京研究室開設作業が終了するまでとする旨の黙示の合意があったというべきであるから、遅くとも、被告会社が原告を解雇し、明渡しを求めた平成七年七月末日には、右使用貸借契約の期間が経過したというべきである。

この点、原告は、被告会社による解雇の意思表示は無効であるので、依然として被告会社の従業員たる地位を有すると主張するが、前記第一の二、三記載のとおり、右解雇は理由があるので、原告の右主張は理由がない。

二  賃料相当損害金

前記認定する事実によれば、本件マンションの賃料相当損害金は、一か月当たり八万九三五〇円を(ママ)認めることができる。

第三結論

以上の事実によれば、甲事件の原告の請求は、未払賞与の支払を求める部分について請求の範囲内である四一万四〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、乙事件の被告会社の請求はいずれも理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 森鍵一)

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